Bushdog's Tumblr

Sep 03

【2014年9月27日】シンポジウム「DISCOVER JAPAN 2014 流通するイメージとメディアの中の風景」

Adachi

出演
小原真史(IZU PHOTO MUSEUM研究員)
吉見俊哉(東京大学教授)
足立正生(映画監督)
今野勉(テレビ・ディレクター/テレビマンユニオン)
 
企画進行
成相肇(東京ステーションギャラリー学芸員)
松井茂(東京藝術大学芸術情報センター助教)
 
日時
2014年9月27日(土)13〜18時(予定)
 
会場
東京藝術大学 美術学部中央棟第1講義室(定員170人、先着順)
 
概要
このシンポジウムは、東京ステーションギャラリーで開催される「ディスカバー、ディスカバー・ジャパン 「遠く」へ行きたい」(2014年9月13日─11月9日)の関連イベントとして企画されたものです。
1960年代を通じて、高度経済成長期に普及したテレビ・メディアは、番組はもちろんのこと、コマーシャルの供給を通じて、情報産業のインフラストラクチャーとして、ムービング・イメージの流通革命を実践しました。こうした社会環境の変化は、芸術表現にも大きな影響を与えています*60年代、70年代に日常化したムービング・イメージのメディア・リテラシーを、同展が主題とする「風景論」や「ディスカバー・ジャパン論争」から再考することを通して、2014年の社会環境と芸術表現の問題、つまり、あらゆる空間がディスプレイ化し、情報化している現在をも射程に入れた議論を行いたいと考えています。
登壇者は、論争の当事者でもあり、映像作家であり続けている今野勉、足立正生、論争の中心人物であった中平卓馬のドキュメンタリーの制作をすると共に、写真研究の第一人者でもある小原真史、戦後日本を社会学、メディア論の観点から分析、評論されてきた吉見俊哉の各氏です。

” — ART MEDIA CENTER | 東京藝術大学芸術情報センター

“日本万国博覧会が終了した翌月の1970年10月、日本国有鉄道が開始した大々的なキャンペーン、「ディスカバー・ジャパン」。大胆なヴィジュアルイメージをまとったこのキャンペーンは、たちまちにして衆目を集めることになりました。駅舎、車両、新聞、雑誌などを飾った広告には、場所のはっきりしない写真と大きな英語のロゴ。特定の観光地へと誘う従来の宣伝と大きく異なり、「美しい日本と私」をテーマに人の心に呼びかけようとする手法、そして若い女性をターゲットにしたファッショナブルなデザインは、国鉄にとっても、またこの時代においても、大きな転換を示すものでした。
本展は、当時のポスター約100枚を中心に、多数の資料を通じてこのキャンペーンを振り返ります。また同時に、キャンペーンから派生した議論や同時代の芸術表現も参照しながら、一時代に留まらず今日にもつながる想像力の軌跡をたどります。情報を送る側と受け止める側とが生み出す複製文化の怒涛のうねりをご堪能ください。” — 東京ステーションギャラリー - TOKYO STATION GALLERY -

東京ステーションギャラリー - TOKYO STATION GALLERY -

ディスカバー、ディスカバー・ジャパン 「遠く」へ行きたい
DISCOVER, DISCCOVER JAPAN

会期:2014年9月13日(土)~11月9日(日)
September 13th - November 9th , 2014

東京ステーションギャラリー - TOKYO STATION GALLERY -

ディスカバー、ディスカバー・ジャパン 「遠く」へ行きたい
DISCOVER, DISCCOVER JAPAN

会期:2014年9月13日(土)~11月9日(日)
September 13th - November 9th , 2014

Sep 02

moers festival 2014 : Arto Lindsay & Paal Nilssen-Love | ARTE Concert

[video]

BOSS | ボス | New Gear 2014 |

BOSSのトップページなんだけどさ…。
なんだよ、この無駄に力んだ自己啓発目標みたいなダセぇマニフェストは。「お家騒動」の悪評を払しょくしたいのかも知れないが、全く逆効果にしかなってない。

BOSS | ボス | New Gear 2014 |

BOSSのトップページなんだけどさ…。
なんだよ、この無駄に力んだ自己啓発目標みたいなダセぇマニフェストは。「お家騒動」の悪評を払しょくしたいのかも知れないが、全く逆効果にしかなってない。

[video]

[video]

[video]

[video]

[video]

[video]

[video]

“芸術には素直な心で接するべし、との意見がある。能書きは必要ない。それは往々にして、真の理解をそこなう要因となる、という。あなたの感想ってライナーノートのコピーね。コンサートの帰路、妻にそう笑われた経験をもつ私は、かつてその意見に一定の理を認めていた。
だが今は、それは違う、と断言したい。作品と向きあうべき自分とは、実は情報の積み重ねに他ならない。感情や感動もまた、自己の中の理論だとか体験を経由して、相対的に生み出される。だから、芸術の深淵(しんえん)をうかがおうとしても、自分以上のものを見て取るのはむずかしい。その代わりこちらが勉強を続ければ、奥行きのある作品はきっとそれに応えてくれる。
その時にどういう手順をふめば良いか。どういう性質の考察を重ねるべきなのか。本書は猫をテーマに、それを的確かつ楽しく教え示す。” — 書評:史料としての猫絵 [著]藤原重雄 - 本郷和人(東京大学教授・日本中世史) | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト

[video]